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PROJECT
STORIES

東南アジアへの初上陸


02. ららぽーと ブキッ・ビンタン シティ センター

東南アジアへの初上陸。
MITSUIらない人々にも
される「ららぽーと」を。

PROJECT PROFILE

ららぽーと
ブキッ・ビンタン シティ センター

マレーシア クアラルンプールにあり、海外では2施設目、東南アジアにおいては初となる「ららぽーと」。通称「ららぽーとBBCC」。国内のららぽーとと比較しても過去最大規模のフラッグシッププロジェクトであり、三井不動産が掲げる「グローバルカンパニーへの進化」の一翼を担う。クアラルンプールの中心市街地では大規模街づくりプロジェクト(ブキッ・ビンタン シティ センター(BBCC))が進行しており、ららぽーとの開業はその街びらきを意味する。2022年1月に開業し、マレーシア初出店の日系ブランドや現地の人気ブランドなど、約400店舗が順次開店予定。

※掲載されている部署名はプロジェクト担当時のものです。

INTERVIEW 01

商業施設激戦区に、
三井不動産にしかしえない価値を。

開発

2003年入社
マレーシア三井不動産

まっすぐに想いをぶつける。

藤田が着任したとき、「ららぽーとBBCC」ではすでに建築工事が始まっていた。 現場を見て、藤田は思った。「日本とだいぶ違うな」。頭にあったのは、自分が名古屋で手がけた「ららぽーと名古屋みなとアクルス」。整理整頓の行き届いていたあの現場に比べ、埃が立ち、雑然としている。「これが文化の違いか」。 その週、藤田は地元のゼネコンを交えた定例会議に出席した。真っ先に取り掛かるべき議題がいくつもある。工事の工程調整、現場の安全管理・・・。プロジェクト全体像の把握がままならないうえ、言語は英語かつ専門用語。全く理解が追い付かずショックを受けた。 それでも回を重ねるうちに意見が言えるようになったが、次の課題が文化の違いだ。日本では「遅れは取り戻そう」が基本姿勢だが、ここでは「しょうがない」が最初に来る。長く仕事を共にしている関係者も、過去の開発経緯を知る人もほとんどいない土地では、「なんとなく察してくれる」ことも、会社名だけで信用されることもない。会社の先輩駐在員につい愚痴をこぼすと、「文化の違いに感情的になってもだめ。やるべきことはオブラートに包まず言葉に出して伝える。」とアドバイスをもらった。これが非常にためになった。直接的に伝えることで、ようやく耳を傾けてもらえた。異国・異文化の中で仕事をするからこそ必要なプロセス。一つのことを伝え、実行にうつすだけで相当な労力だ。「全然違う仕事をしているみたいだ。」マレーシアの文化をしっかりと理解したうえで、よりよい開発を進められるように、ストレートに働きかける。それがプロジェクトを通じて藤田のテーマになった。

「滞在型商業施設」で
マレーシアを豊かに。

「ららぽーとBBCC」が立地するのは、狭いエリアに商業施設がひしめく激戦区だ。その中で、いかに差別化を図るかが問われる。 こだわったのは「コト消費」の考え方をもとにした「滞在型」の商業施設にすること。マレーシアにおける商業施設は、とにかく大きな規模、テナントの豊富さが強みとされている。しかし、藤田が日本で手がけてきたららぽーとは違う。さまざまな体験を味わったり、心地のいい場所でゆっくり休んだり、モノだけではなくコトを消費でき、ただ買い物をするだけではなく長く滞在して楽しめる、そんな場所を日本で作ってきた。新しい商業施設の在り方を描いてきた三井不動産だからこそできる提案で、マレーシアの人々の生活をより豊かにできたら__。

そんな想いをもとに、屋上庭園にはイベントスペースを設け、スポーツのパブリックビューイングやゴーカートなどができる仕様に。円形のステージを囲んで築かれた階段では、腰を下ろしてくつろぎ、買い物の疲れを癒すこともできる。マレーシア特有の暑さ対策のため、屋根に大きなファンを設置しミストがでる仕掛けも行った。また、エントランスの広々とした外階段全体に、階段全体を照らすLEDイルミネーションを仕込んだ。きらびやかなものを好む現地の文化を反映し、季節ごとの鮮やかな景色が映し出され、通る人の目をひく。そんなコト消費につながる仕掛けをあちこちにつくり、周辺の商業施設には見られない特色を次々に形にしていった。

コロナ禍のその先を見据えて。

2020年3月。コロナ禍によって、国内のあらゆる工事が止まった。グランドオープンまで残り1年というタイミングで、工事も佳境を迎えていた矢先だった。 5月から再開が許されたが、資材が届かないうえに作業員も戻らない。出稼ぎの作業員たちの中には、工事がストップしている間に帰国してしまう者もいた。役所には申請が殺到し、許可が下りづらい。混乱の中、「ららぽーとBBCC」は開業延期を余儀なくされた。

だが、コロナで止まってしまったことで、今後を見据え何が起こるか、何ができるか考える時間もできた。現在の苦境にばかり捉われるのではなく、先が見えないからこそ、担当者である自分が商業施設の未来像をより明確に描かなければ。役所に認可を猛プッシュしながら、コロナ禍を経た商業施設の在り方を模索していた。健康意識の向上に応じ、屋上でヨガイベントができないか。ECに対応したデリバリーカウンターを設置できないか。コロナ禍という難局に足を取られつつも、藤田の視線は、その先を見据えていた。

2022年1月。「ららぽーとBBCC」は、一部店舗の先行オープンを迎えた。藤田は同僚や現地スタッフとともに、オーダーメイドのららぽーとポロシャツを着てお客様を出迎えた。未曽有の事態を経てやっとこぎ着けた開業、集まった現地のお客様の笑顔。それだけでこの上なく胸が熱くなった。だが、グランドオープンはこれからだ。マレーシアの商業施設の慣習で、段階的に店を増やし、最後に完全に店が揃った状態でグランドオープンを迎える。それまでに、ひとつでも多く魅力を増やしたい。藤田の挑戦は続いている。

INTERVIEW 02

ることが、
にぎわいをしるべ。

営業

2010年入社
マレーシア三井不動産

多民族国家を歩き、 理解する。

マレーシアに到着した樋浦はまず、周辺の商業施設を次々と歩いて回った。現地の商業施設はどんなテナントで構成されていて、そこにどのような人々が来ているのかを知るためだ。2施設、3施設とはしごするうちに、ある違いに気づいた。商業施設ごとに訪れている人の人種や顔ぶれがまったく違うということだ。マレーシアは多民族国家だ。マレー系と中華系が多く、次いでインド系、その他の民族という構成になっている。同じマレーシア人でも顔や服装も違えば、宗教や食文化も異なる。そのため、各施設がどのようなテナント構成になっているか、その施設の周辺にどのような民族が多く生活するかによって、施設毎に来ている人々の違いが色濃く出ていた。

誘致するテナントによって「ららぽーとBBCC」へ訪れる人の顔ぶれが変わる。樋浦にとって、これは大きな学びだった。まずは各民族の文化や嗜好、各テナントの顧客属性を徹底的に理解し、「ららぽーとBBCC」のターゲットを徹底的に考え抜く。遠回りに思えるこのプロセスこそが一人ひとりのお客様から支持を集めるためには、不可欠なプロセスだと気づいた。日本に比べてはるかに考えることが多いが、多民族国家マレーシアでの成功に向けての第一歩だった。

1,000店舗へのアプローチ。

現地の新規テナント発掘も、足を使ってのフィールドワークが基本だ。なぜその店が繁盛しているのか、もしららぽーとに誘致したらにぎわいに繋がるのか、自分の目で見極めるためだ。飲食店の場合、ともすると惹かれることなく通り過ぎてしまうような雰囲気の店や、日本人の舌では理解しきれない料理が、現地では大人気なこともある。人気の理由の核心は、集まる人が何に惹かれ、誰とどんな表情で食べているのかを、肌で感じ、観察することでしか見出せないのだ。

そうして発掘した店に目星をつけると、アプローチを始める。直接訪問することもあれば、代表電話にかけてみたり、SNSのアカウントを探し出してDMを送ったり。だが、ことは思うように運ばない。向こうからすれば、「MITSUI」と名乗る聞いたこともない会社から、出店の誘いがくるのだ。どうにか話を聞いてもらえても、「店を出すなら、昔からある商業施設がいいよ」とそっけなく断られることもある。 しかし、より良いららぽーとをつくるために引き下がるわけにはいかない。ぜひとも誘致したいテナント候補には、たとえ反応が鈍くても、めげずにコンタクトを続ける。「ららぽーとBBCC」の建物が仕上がってくると、「一度、見学に来ませんか」。雑談をするために「コーヒーでも一緒にどうですか」。関係を構築し、前向きに話を進めるために、さまざまな方法で働きかける。そうこうするうちに、樋浦のアプローチリストは1,000店を突破。現地スタッフと組成する8人のチーム全体でみると7,000店にも上った。一人ひとりが、自分なりのやり方でベストを尽くしていた。

いくつもの個性と、
ひとつになって。

テナント候補との交渉を重ねるうちに、樋浦は自分のコミュニケーションの幅が広がっていくのを感じた。相手にどう接するか。どう受け入れるか。相手に応じてバリエーションを使い分けていた。 マレーシアや日本だけでなく、ドイツ、イラン、ブルガリア、中国など、さまざまな国籍のオーナーに出会ってきた。それぞれが強烈な個性や性格を持ち、その人らしい考え方やこだわりが言動にも色濃く出る。その多様性が、コミュニケーションにおける自分の引き出しを増やしてくれたに違いない。樋浦の変化と歩調を合わせるように、「ジュンがそういうなら信頼できる」と樋浦自身の存在を決め手に選んでくれる、そんなオーナーとの一体感を覚えるような場面も増えた。「ららぽーとBBCC」は、樋浦に共感してくれたオーナーたちの、勇気ある決断の数々に支えられているのだと改めて実感した。そんなオーナーたちへの感謝を胸に、「決断」に応えることができる「ららぽーとBBCC」を目指し続けている。

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