台湾初の「ららぽーと」事業を


自分の手で成功させる。

グローバル

担当領域:事業

Yutaka Okabe

台湾三井不動産股份有限公司
2010年入社
政治経済学部卒
※内容は取材当時のものです

CAREER STEP

2010年
関西支社 事業二部 事業グループ
2014年
商業施設本部 リージョナル事業部 事業推進グループ
2015年
中国留学(海外トレーニー制度)
2016年
海外事業本部 海外事業二部 業務グループ
2017年
台湾三井不動産股份有限公司 出向

POINT

①台湾現地法人で商業施設の開発を担当
②日本の開発事例を活かせない難しさと面白さ
③台湾で「三井不動産」の浸透を目指す

現在携わっている仕事を教えてください。

台湾現地法人の事業推進部で、商業施設の開発を担当しています。いま一番深く関わっているのは、台湾初の「ららぽーと」事業である「(仮称)三井ショッピングパーク ららぽーと台湾南港」。2023年のオープンにむけ、準備を進めています。

三井不動産における海外事業の位置づけを教えてください。

VISION2025にもあるように、三井不動産は海外事業を成長分野のひとつとして位置づけ、アジアでも積極的に事業を展開しています。私が担当する「ららぽーと台湾南港」は台湾において三井不動産の手掛ける3番目の商業施設としてオープン予定です。いまは同施設の建物オーナー様や、地上101階の「台北国際金融センター(台北101)」を手がけた設計事務所とともに、施設の基本形状やスペックの詰めといった基本設計を実施しています。

「ららぽーと台湾南港」にはどのような特徴があるのですか?

「ららぽーと台湾南港」は、店舗面積約70,000㎡・7層(地下1階+地上6階)の計画で、合計約250店舗が入ります。施設の上層階にはオフィスやホテルが入る複合開発で、駐車場はすべて地下。三井不動産が日本で展開してきた3~4階建のこれまでの「ららぽーと」とは大きく異なります。日本の開発事例を活かせないところに頭を悩ますことも多いですが、現地のオーナー様や設計者とアイデアを出しあい、さらに日本でお付き合いのあるコンサルタントや設計者の方にも相談しながら、店舗の区画割りや動線づくりを進めているところです。

海外事業を推進する上での難しさを教えてください。

大きなプロジェクトを、文化も仕事の進め方も大きく異なる“台湾で”進行していく部分でしょうか。たとえば、「こう言えばよい」「こう動けばよい」というマニュアルは存在せず、日本で上手くいったので使ってみよう、という経験上の学びが、逆に火に油を注いでしまうようなことにも成り得ます。その「違い」を何とか克服するために、とにかく言葉を尽くして説明する、言葉がダメなら絵にしてみる、一度ダメならもう一度角度を変えて話してみる。そういったことを通して、社内外に「味方」を得ることを心がけています。

仕事の進め方は日本とは大きく異なるのですね。

そうですね。日本では、コツコツと丁寧に努力していれば、その様子を見た人たちが自然と協力してくれたこともありました。しかし台湾では、デベロッパーの事業推進において“専門家”の意見がより重視されるべきである、という風潮が一般的であり、当たり前に日本と同じ状況を期待することはできません。さらに、決定権の違いも難しさのひとつ。台湾企業では、社長が決定権を持っているのが一般的で、一社員が掛け合っても「話を聞く価値がない」と思われてしまうこともあるのです。

そのような環境の違いを乗り越えるために必要なことは?

専門家を超えるような知見を出すべく、これまでのノウハウを全て投入することや、現地の法規慣習を踏まえた理論武装が不可欠だと考えています。また、台湾が専門家社会であるがゆえに、設計と施工、建築と設備などの間に歪みが生まれてしまっていることを逆手に取り、総合デベロッパーとして、分野横断的な課題解決に取り組むことも大切です。このように、+αの知識を身につけたり、新たな価値を生み出して周囲を巻き込んだりしていかなければ、プロジェクトはなかなか進まないのです。

このように苦労は多いですが、もともとアジアで働きたいと思っていた私にとって、台湾初の「ららぽーと」事業はこれ以上ないステージ。だからこそ、 “台湾三井不動産一体”となって事業の歯車が回り始める瞬間は、大きなやりがいを感じることができます。現在も試行錯誤を繰り返していますが、日本では得られないこの経験は非常に貴重なものであり、帰国したのちも、私自身の大きな財産になると考えています。

思い出の写真

担当プロジェクトの着工式典の写真です。国を超えて「台湾三井不動産一体」となりながらプロジェクトを進めています。