PROJECT STORY

05

三井アウトレットパーク 台湾林口

「ハイブリッド」を武器に、

未知のマーケットへ挑む。

※掲載部署はプロジェクト担当時のものです。

PROJECT PROFILE

三井アウトレットパーク
台湾林口

2016年1月27日、台湾新北市林口区に開業した台湾北部最大のアウトレットモール。約67,340㎡の敷地に、アウトレット店、飲食店、フードコート、シネマコンプレックス、高級スーパーマーケット等を含む約220の店舗を展開。台湾初の事業として、三井不動産が開発・運営を手がけている。
加えて、2018年には「三井アウトレットパーク台中港」も新たに開業。2022年には「(仮称)三井アウトレットパーク台南」、2021年には「仮称)三井ショッピングパークららぽーと 台湾南港」、2023年には「(仮称)三井ショッピングパークららぽーと台中」の開業も予定している。

#01

文化や哲学を融合させた
「ハイブリッドモール」を。

企画・事業

1999年入社
三井不動産アジア(台北)

ファッションチェックという、現地調査。

2011年、三井不動産グループは初の海外商業施設「杉井アウトレット広場・寧波」を中国で開業させた。「さあ、次はどこだ?」そんな議論が活発に交わされはじめた頃、和田山は台湾へ向かった。マーケットの可能性を見極めるための現地調査だ。まずは台北市内を歩いてみる。道ゆく人々のファッションを眺めるかぎり、感度はかなり高い。日系ブランドもしっかり浸透している。ただ、その街を歩く人たちの感度にマッチした売り場が、市街地の商業施設にはあまり見当たらなかった。新たなモールをつくる余地が充分にあると和田山は確信した。

しばらくの後、和田山は再び台湾を訪れた。台湾政府の案内を受け、候補地を絞り込むためだ。林口は台北の中心部から車で30分、桃園国際空港から20分と利便性が高く、地下鉄駅の開業も予定されている。条件は申し分ない。だが、モールづくりを認めてもらうには、 林口の土地を保有する新北口市への企画提案をパスする必要がある。いよいよ、プロジェクトは本格的に動き出した。

台湾の風土が生んだ新提案。

当時、台湾にはまだ三井不動産の拠点がなかった。担当者の泊まるホテルの一室が会議室がわりだ。和田山も、当時の出向先だった上海から何度も台湾へ飛び、同じく東京や広州から集まった担当者たちと議論を重ねた。

新北市からは、「広域から集客できるアウトレットモールにしたい。周辺住民のための生活利便施設もほしい」といった意向が上がっていた。それらに応えるべく、現地や日本の設計会社、コンサルタント会社を巻き込みながらチームの体制を整える。同時に、台湾の法制度や商慣習への理解も深めていく。

三井不動産のもつアウトレットモールの豊富な実績は、新北市の信頼を得る上では重要な切り札だ。けれど、それらはあくまで日本での実績。同じやり方をそのまま持ち込んでも成功するとは限らない。台湾の風土やマーケットにしっかりと目を向けることで、和田山たちはこれまでにないアイデアを次々に打ち出した。アウトレットらしさを演出するオープンモールに、高温多湿に配慮したエンクローズドモールを組み合わせてハイブリッドモールとしたこと。水と緑を積極的に採り入れ、南国のリゾート感をたっぷりと演出したこと。ほかにもさまざまな挑戦を詰め込んだ提案書は、みごと新北市に受け入れられた。2013年2月に決定通知があり、三井不動産グループとして初めての台湾での事業が動き出した。

文化は違うが、想いはひとつ。

開発を具体的に進めるために、和田山はまず現地での人材採用を始めた。開発やテナントリーシングの経験がある人材を求めて、面接を重ねる。並行して、各種許認可の申請準備を進め、住民説明会や有識者を交えた審査会を行い、出された意見を計画に反映していく。 許認可が下り、着工してからが大変だった。発注先は現地の施工会社で、行政とのやりとりや近隣からの問い合わせ対応は手慣れたもの。だが施工面では、日本の常識が通じないことがしばしばだった。それが原因で工事が遅れることさえあった。文化の違いからくる問題は、粘り強いコミュニケーションで解決するしかない。「日本のノウハウに、台湾のよさをミックスすることが自分の役目」。和田山はそう腹をくくって、問題をひとつひとつ解決していった。その姿勢が通じたのか、やがて施工会社との間には強い信頼関係が生まれた。「いいものをつくりたい」。両者に共通するひとつの想いで、前を向くことができたのだ。

「開業はゴールではない」。和田山はそう考えている。開業後には、想定外のさまざまな問題が浮上するもの。それらに対応し、数十年と続いていく施設運営の土台を築くことが当面の課題だと考える。そこで得られる貴重なノウハウはきっと、台湾に限らず、アジア地域での事業展開に大きく活きていくはずだ。

#02

日本と台湾をつなぎ、
新しい可能性を生む。

営業・運営

2000年入社
三井不動産アジア(台北)

始まりは、ジョイントベンチャーの設立。

2012年。広州の現地法人に出向していた山本は、並行して台湾のプロジェクトに関わることになった。上海から来る和田山と同じように広州から台湾へ出張し、ホテルを会議室がわりにほかのメンバーと議論を重ねる。さらに、すでに台湾進出を果たしている日本のファッションブランドや飲食店にヒアリングを行い、台湾の事業環境やマーケットを調査した。2013年からは台湾専任になり、第一陣の駐在員としてプロジェクト会社の設立やパートナー企業の選定に携わることになった。

海外での開発事業において、三井不動産には基本的なスタンスがある。現地企業とジョイントベンチャー(JV)契約を結ぶなどして、パートナーシップの上に事業を推進すること。行政との協議や近隣対策を円滑に進めるためだ。もちろん台湾も例外ではない。山本は、大手コングロマリット「遠雄(Farglory)グループ」の中核企業「遠雄建設事業股份有限公司」との協議を開始。契約条件を詰めるのにやや手間取ったものの、プロジェクト会社「三新奥特萊斯股份有限公司」に資本参加してもらう形で合弁会社を設立。晴れて、本格的にプロジェクトを動かす体制が整った。

異例のスピードでテナントを集める。

続いて取り組んだのは、テナントの誘致だ。山本には日本で8年間、テナントリーシングに携わった経験がある。ただ、今回のプロジェクトは開業までたった2年しか残されていない状況で、200店舗を超えるテナントを迎えなければならない。誰も経験したことのないようなスピード感だ。加えて、台湾の商慣習に合わせ、契約書の条項ひとつひとつから見直す必要もある。異例の状況に効率よく対応するため、山本は日本の営業部や上海、香港のリーシング担当と連携して体制を整えた。

テナント構成においても独自の工夫を行った。日本の三井アウトレットパークでは、飲食店舗の比率は10%に満たない。それを20%超まで引き上げたのだ。台湾は外食率が高いため、飲食店舗の充実は来場動機へと直結する。さらに、「美食の国・台湾」を目当てに訪れるツーリストへ向けて、団体客を収容できる大型店舗もテナントに加えた。また、新北市から要望のあった「周辺住民のための生活利便施設」として、これも日本では前例のなかったスーパーマーケットやシネマコンプレックスを誘致。親日家の多さを考慮し、台湾最大規模となる日系テナントの集積も実現した。

床が見えないほどの大盛況。

開業を迎えるにあたって山本が最も力を注いだのは、人を通じた「体制づくり」だった。現地で採用した運営スタッフは約30名。まずは彼らに、自分たちがめざすべき施設運営のあり方をしっかりと理解してもらいたい。山本は主要メンバーを日本に連れて行き、物件や事務所を見せながら、三井アウトレットパークの運営スタイルを学んでもらった。単に日本の手法をコピーするのではなく、台湾流の考え方をミックスさせて独自の運営スタイルを築くことが狙いだ。それこそが、台湾初の三井アウトレットパークにふさわしいものになると考えていた。

開業直後の春節は、床が見えないほどの盛況となった。フードコートで入場制限を行ったのもはじめての経験。モールに対する期待の大きさを山本は実感した。当面の目標は、テナントとのコミュニケーションを密にとりながら、売上を向上させる施策の打ち出しや、コスト効率の高い運営方式を考案・実行し、収益性の高い施設にしていくこと。一方で、開業後から用地担当への問い合わせが増えており、第2、第3の施設展開の可能性は確実に広がりつつある(※)。この好機に、日本のテナント企業とのリレーションをますます強固にし、台湾進出をサポートする役割を担っていきたいと山本は考えている。逆に、台湾のテナント企業とのネットワークを拡大・深化させることで、日本への初出店にも一役買えるかもしれない。アイデアは、限りなく広がっていく。

※現在、「三井アウトレットパーク台湾林口」をはじめとし、台湾各地で商業施設、ホテル事業および住宅事業の計9物件を推進しています。また、物流施設、複合開発事業などの展開を目指し、今後の更なる事業の拡大をはかります。

01

MIYASHITA PARK

02

ららぽーと名古屋みなとアクルス

03

MFLP 日野

04

55ハドソンヤード

05

三井アウトレットパーク 台湾林口

06

BASE Q